今日から酒のない人生を歩もう

日々感じた事を綴っています。

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依存症対策通常国会で。

今週のお題「2017年にやりたいこと」

依存症対策、カジノ実施法の行方を見守る。

 

特集になるくらいこの話題についてブログで書いてしまった。
(過去2回の記事は⇓⇓⇓)

  

saityarennji20150101.hatenablog.jp

saityarennji20150101.hatenablog.jp

 

 国はIR推進法案成立を受けて、今月末から始まる通常国会で依存症対策について話し合うらしい。もっとも主にギャンブルについてだろうが。
ここで深堀を進めてアルコール依存症の話題が出る事を大いに期待している。

 

病院での治療や行政を通じたメンタルなケアも含めた総合的な議論はもちろんの事、具体的に現実的でテクニカルな対策を詰めてもらいたいものだ。

 

カジノを含めたいわゆるギャンブル。駅前ギャンブルや公営ギャンブルなどの依存も含めてだが、本人の入場制限と言う形で当面の制約がかけられるらしい。マイナンバーでの入場制限が提案されているらしいけれど、1億人の金融取引や消費動向の情報をマイナンバーを使って全国すべての店頭の端末で読み取れるようにするにはまだまだ時間がかかりそうだ。マイナンバーカードってまだまだ普及途中だから。

 

ここで少し根本について考えてみたいと思う。
この手の遊興に必要なものと言えばやっぱり「お金」なのだが、小遣い欲しさに窃盗、恐喝、売春などの犯罪に手を染めてしまってからではもはや手遅れだ。だから本人もその「依存」に気づいていない前段階での対処が必要だ。では、「お金」を必要とした時、人が思いつく一番安易な方法とはなんだろうか?!


ズバリ「借りる」これではないだろうか?!

 

親、兄弟、友人などからちょっと目に余るお金の借り方をした場合、周囲が気づくので、家族等からの申告によって遊戯施設に入場できなくなる措置をとることは可能だ。
シンガポールなどでもすでに行われている。しかし、最近では、いわゆるカードローンなどで家族に知られないように簡単審査、無担保でお金を借りる事ができる。

 

「倍にして、すぐ返せばいいや。」
「今だけちょっと借りるだけ。すぐ返すんだから。」

 

賭け事をする時、人はいつもこんな悪魔のささやきが心の片隅で聞こえるのではないだろうか。今現在、クレジットカードを使って入場を制限するシステムが実際に考えられているらしい。すでに特許も取得済みとか。幸いクレジットカードの加入は18歳以上となっているので、未成年はここでカットされるし、本人が申請して作りに行くものだから対策する側の負担も軽減できると言う皮算用だ。


AI、IoTの時代、依存症の疑いはオンライン照会で瞬時に判断が可能だろうと思う。ネット上のカジノやゲームの課金についても同じ要領で対処できる。なんならマイナンバーも紐付けし、クレジットカード会社経由でしか支払いができないようにすれば良い。制限をするもしないも、主導権は運営サイドにあるのだから。
もし参加する側に重大な問題が発生した場合、運営側が責任を被る法整備をする事も可能だ。なんと言っても今から実施法を整備するのだから。なんだってできる。

 

まあ、ギャンブルについては世界に先駆けて、ITを駆使した日本独自のシステム構築をお願いしたいものだ。

 

一方アルコール依存症についてはどうだろうか?!

ギャンブル依存など、お金がメインの依存症には「入れてやらない。」などの物理的対処が可能だが、安価で中毒性の高い物質をスーパーやコンビニで簡単に手に入れられるアルコール依存症にこういった対策は無力だ。

 

アルコールは町中で、どこでも誰でも簡単に摂取することが出来る。

簡単に手に入るものほど依存性は強く、社会へ影響は広範囲に及ぶ。一度手に入れたアルコールを「飲む」か「飲まない」かの最終判断を下すのは酒飲み本人なのだ。

そこが他の依存症と大きく違う点だと思う。

ご家庭の冷蔵庫に普通に入っているアルコール。「飲む」か「飲まない」かの責任は酒飲み本人にあるのだ。「売る」か「売らない」か販売側の責任ではない。

 

もし、ギャンブルで自己破産するほどサラ金で金を借りて酒を買い込んで飲み干したら、もはや致死量に達してしまう事だろう。

 

アルコール依存症は心の病。

 

時にはそんな呼び方がされる理由はこのあたりにありそうだ。

ギャンブルのように販売制限や入場制限では対応しきれない「病」なのだ。

でも、ようやく国会で取り上げられるレベルの話題になった。

たとえ依存症という一括りの枠組みであったとしても喜ばしい限りだ。

だからアルコール依存症について、決して場当たり的な制限的対策のみでない本質的な深い議論をして欲しいと心から願っている。

 

心の問題。そう、心の問題なのだ。

 

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